「いつも笑顔を忘れないで りこより」最愛の娘が遺した想い
栗原様(千葉県在住)
娘を失ったのは交通事故でした。当時はまだ19歳で大学での新生活も始まり、本当にこれからという時だったんです。 娘は友達や学校の先生からも、「りこちゃんは笑顔を絶やさずに、いつも周囲を明るくする」と言われていて、本当に最愛の娘でした。今だに娘の物は何一つ捨てることはできません。部屋もいつ帰って来てもいいようにしています。
大勢の方に見送られて葬儀を終えた後、お墓の事を考えなくてはいけなくなりました。事故で失った事に対する悔しさや、忘れられない娘との想い出もあり、どうして娘を冷たいお墓に入れないといけないのかというやり切れない気持ちでいっぱいでした。そんな心境の中で、ただのお墓ではなく、ここに娘がいる、ここに来れば娘に会えるというモニュメントのような特別なものを残したい、そして自分達や娘の大勢の友達がいつ来ても語り合えるようなお墓を作ってあげたいと思うようになりました。
それからは人づてにお墓の事を聞いたり、馴れないパソコンを開いてインターネットで何かいいものはないかと必死に探しました。初めは娘が大好きだったキャラクターのモニュメントのようなものも考えていましたが、娘はきっと違う世界で成長して、いつまでも子供のままではないだろうと思いました。中々納得するお墓に出会うことができず本当に迷いました。
そんな時に光り墓のホームページを見つけ、ガラスのお墓に出会いました。たくさんの写真を見て、こんなお墓のようにいつまでも娘が輝いていけるのであればいいなと思い、「何カ月かかってもいいからお願いしたい。」と、相談したんです。細かな相談にも応えていただき、ガラスは娘のイメージに合うシンプルで透明感のあるクリスタルのようなオパール色のものを選びました。
光り墓は、太陽の光の変化で、紫やオレンジ、虹のように時間帯によって輝き方が変わり、まるで生きているように見えます。
墓碑には娘がノートに書き記していた字を拾いだして、筆跡をそのままに「いつも笑顔を忘れないで りこより」と刻んでもらいました。娘の大勢の友達がいつ来ても語り合える、理想通りのお墓ができました。
my story -「私の想いの再生」-
死別の悲しみは消えることはありませんが、一歩一歩階段を登るように気持ちを前向きにできたことへの光り墓の影響は大きいと思います。事故からは色々と乗り越えなければいけない事が多くありました。塞ぎこんでしまっていた期間もありましたが、娘の光り墓に支えられて自分を取り戻せてきたように感じます。素肌美容サロンを営んでいる妻も長い間落ち込んでいましたが、今は娘との夢だった都市部での新しいお店に取り組んでいます。
あの光り墓には親が娘にしてあげたい事を全部込めました。娘の為に何かを残したいという想いに対して、光り墓を超えるものはありません。一番いいものに出会えたと家族も納得しています。
娘はきっと今は色んな世界を飛び回っていて、私たちが光り墓を訪れた時に帰ってきてくれているんだと思います。
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本人の筆跡を忠実に再現して刻んだメッセージ。
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光り墓の裏側には家族からの想いが刻まれている。「最高の宝物ありがとう」